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おとぼけ漫談7

2019-07-12

おとぼけ漫談7

~「あなたは死に上手・死に下手」~

今年の冬は暖冬だといわれていたのに、えべっさんのころ急に冷え込み、裏日本ではまれにみる積雪でした。
おかげで、春も遅く、桜は四月もしばらくたってようやく見頃でしたね。久しぶりに和歌山城に夜桜見物に行きました。散りはじめの風情です。

死に上手とまたも見られん桜花(一茶)
まことに桜は散り際がよく、死に上手です。
人間もかくありたい。
で、病人を看病する人のこんな歌を発見しました。

死に下手で病上手とストーマの(人口肛門)
妻がベットにぽつり言ひたる

人工肛門の生活者の哀感せまる和歌ですね。
死に上手下手があるのか、考えさせられます。人の亡くなるまでを面倒見られておられる貴志川の大藪先生はどう思われますか。
案外、死に下手のほうがカッコよかったりして、と近頃居眠り坊主は思ってしまいます。と、こんな一茶の句も発見しました。

ちる桜けふもむちゃくちゃくらしけり
桜とちがって人間様のほうは、死に下手が基本のようです。

和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談8

2019-07-12

おとぼけ漫談8

「長嶋はん、どないしたん?」
久々に長嶋茂雄さんが東京ドームに帰ってきた。「ああー、元気やったんやね」と誰もが喜んだのは言うまでもない。
ところが、ある脳卒中の患者さん(40歳代)が、ボソッとこぼした。「長嶋さん、僕らのところへ来てくれへんかな。あの左手で握手してくれたら、ものすごくエネルギー貰えるのにな」そこで私は質問した。
「長嶋さんのこと、どう思ってるんよ?」「体のマヒのこと、隠さんでもええようになったら、もっとええのにな」
あの日、「ジャイアンツは永遠に不滅です」という名せりふを残してグランドを去った長嶋さんにとって、不自由な身体を皆の前にさらすことは、とても勇気のいることであったろう。
あるいは「不滅=完全回復」を演出したい企業の思惑の犠牲になっているかもしれぬ。
長嶋さんの姿から次のような教訓を得た。生身の身体にとって不滅ということはありえない。
人はみな、老いてゆく、そして病を得て、死んでゆく。そのことをゆっくりと受け入れてゆくのが、人としての成熟の道ではあるまいか。
仏教はそのことを説き続けたのではあるまいか。山本はん、どう思う?

貴志川の藪医者 坂口健太郎

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おとぼけ漫談9

2019-07-12

おとぼけ漫談9

われらの長嶋茂雄が七月三日に東京ドームに現われ、YGを応援したのは驚きでした。
でも再び顔を見ませんでした。どうした泥沼巨人。終身名誉監督はやめちゃったのかといぶかしがっていたのです。
それから四ヶ月、十一月には私たちの前に現れてくれました。
文化功労者となったのです。テレビで放映された晩餐会の模様を拝見すると、回復は「順調」なのでしょう。 貴志川の藪医者さん、長嶋のすが たに身体の不滅はないという教訓を得た(い)ということですか。国民的に回復しなければならない使命を背負っているヒーロー、さぞやしんどいのでは。でもじつはもっと高い志にいるのかも知れません。
生老病死は人の命のありようの基本です。病もひとつの位なり。日蓮上人は「命はかぎりある事なり。すこしも驚く事なかれ」と言いました。
命の本来を知ったなら心が落ち着きます。「私は病気になった。怠けていて良いときでない」とインドの古い経典にはあります。
やけにならずに、命に目覚めて病気と一緒にあれ、という意味でしょう。でも人はなんともダメなもの、「世に智慧ある人の病中ほどあさましく、もの苦しきことは無きことなるぞや」と江戸時代の禅僧白隠さんは喝破しました。
われらの長嶋は、いま命をどんなに感じていることでありましょうか。
直接言葉で聞きたいものですが、いろんなカーテンに遮られて、伺うことはできませんね。残念。

タイガースの好きな和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談10

2019-07-12

おとぼけ漫談10

~「あなたの耐震設計はどうですか?」~

「耐震疑惑」で世間は大揺れでしたね。
ある会社が「この際ですから、お宅の耐震強度を測ってみませんか」と呼びかけたところ、誰も相手にしなかったとということです。
ではあなたの人生の耐震設計はどうでしょう。お金、老後、子ども、そしてこの健康がいつまで続くのでしょう。
南海地震で大津波が来るのは、かなりの確立らしいと言われています。
いわんや私たちの病気も身の内から起こってきます。「耐震設計」はどうなっていますか。一般的にいえばいつもグダグダ言っている人、 例えば「しんどい、フラフラする、肩がこる、眠れん 」という人ほど、耐震設計がよいのです。
自分の体内の微妙な変化も感じる能力に優れているといえます。「柳に雪折れなし」ということでしょうか。
しかし他方、次のような考えもあります。一休さんだったか、良寛さんだったでしょうか、「災難に会う時節には災難に会うがよろし。死ぬ時節には死ぬがよろし」と詠っています。
なかなかこうはいかないのが俗人の常ですが、そのような心境に近づきたいものです。
山本の和尚さん、このあたりどうでしょうか?

貴志川の藪より、山本はんへ

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おとぼけ漫談11

2019-07-12

おとぼけ漫談11

~「偽装だらけの世の中じゃ!」~

耐震強度偽装、偽装メール、粉飾決算など世の中偽装だらけ。
なんとまあ、嘘の多い社会になってしまった!
なかでも耐震問題は、建築関係者よってたかって偽装しているようで、みんな逮捕されてしまった。誰が番悪いのか?
もともと業界の構造的なものかも。そんな体質なら、それこそ業界自体の強度計算をやり直し、必要なら解体の荒療治もやって欲しいものです。
貴志川の藪医者先生、「災難に会う時節には災難に遭うがよろし、死ぬ時節には死ぬがよろし」とは、良寛さんの言葉ですね。「じたばたせずに、流 れにまかせよ」との意味ですがちょっと解説が必要。このあと、「これは災難を逃れる妙法(最善の策)なのだ」と続きます。
これには、今死や災難が自分に襲っているという現実を直視し、ああだこうだ、ああすれば良かったなど泣き言・愚痴・後悔事を言わなくてもすむ人生を送っておけ、という前向きの人生観が語られているのです。
現実を事実と受け取れば、積極的ないのちが開かれると言うことですね。
一連の偽装の関係者たちが、一様に、自分がだまされた、あいつが嘘をついたなど責任を他人になすりつけているようすをみるにつけ、死ぬる覚悟なんてとうていできていないと、つくづく感じますね。

和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談12

2019-07-12

おとぼけ漫談12

~「雨山だより」~

みなさんよくご存知の「雨山の金ちゃん」タマゴのふる里、桃山町雨山の観光農園の近況をお伝えします。
梅雨も明け、夏まっしぐらの時期となりました。
観光農園へ上ってゆく道端には、様々に色を変えたアジサイが最終章を奏でます。季節は確実に夏へと脱皮しています。
ねむの木の派手な華がぼたぼたと地面に落ち、ホタルブクロに代わってオニユリが次々と開花します。
 6月初めの頃、ホタル見物で賑わった野田原谷にはノカンゾウが群生しています。
命を燃やし尽くしたホタルたちは、いま3ミリほどの大きさの幼虫へと命のバトンタッチがなされ、小さなホタルの幼虫たちはもうすでに、カワニナとういう貝の中に潜り込んで、その肉汁をすうことで自分の命をつないでいます。
運よく育つ確率は今の銀行の利子並みでしょう。同じように、今の私が生まれてきたのも、何億分の一の確率で卵子と制止が出会った結果ですもんね、奇跡です。
命に感謝!です。一度雨山にいらっしゃい。

貴志川のドクター 健太郎

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おとぼけ漫談13

2019-07-12

おとぼけ漫談13

~「我ら団塊」~

「団塊の世代」・「ベビーブーム世代」・「現代っ子」・「戦無派」・「全共闘世代」・「ニューファミリー」昭和二十年前半生まれの世代を指すのがこの言葉です。
和歌山の居眠り坊主はまさに昭和二十四年生まれ。この世代は八百万人、いつも数の多さで表現されてきました。
貴志川のドクターも確か同じ世代ですね。
 でも私は、こんな言葉にカチンとくるのです。なぜいつも団体で計算されるのだ!
 たとえば「ニューファミリー」。
個性を持った新しい生活をする家族像を始めさしていました。私たちが家族を持つと、生活スタイルは変わり、社会が変わる、なんてね。
そのうち大量消費を担う世代だと金に換算されてきた。「ニューファミリー」なんて実態はなかった。
家はマンションなど新しくなりましたが、生活はそれほどさま変わりしなかった。何か言葉の幻想にもてはやされていた。
 そして又、新しい言い方を与えられした。「二〇〇七年問題」だと!
 この年から私たちの大量離職(定年退職)が始まり、コンピュータはじめ企業に培われたノウハウが継承されなくなる。
いっぽう大量の退職金が市中に出まわり、中高年対象の新しいビジネスチャンスだ。
ああ、またマス(塊)の金としてしか私たちは捉えらていない。
 更にまた、年金、高齢者介助はては葬式まで、いつも塊の金で問題視されてしまう。
ああこうなったら、地獄や極楽へも塊の金を持って行ってやろうか。

和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談14

2019-07-12

おとぼけ漫談14

~終わり良ければ~

先日、比叡山の延暦寺へ行って参りました。
比叡山の横川という所を訪ねました。ここは日本のホスピスの発祥地であります。
約1000年前、お坊さんが集まり「念仏結社」がつくられた所です。
お坊さん達は普段から念仏を唱え、その積み重ねの中から、念仏仲間が病気になり死にそうになったときには、みんなで集まり、臨終の念仏を全うしたというところでございます。
元気な時も、病んだ時も、そして、息を引きとる時も、さらに死後に至るまで、仲間の手によって不安なく、事が進められていったのでありましょう。
ひるがえって、現在の我々、とくに団塊の世代「生」と「死」の有り様はいかがなものでありましょうや?
シニアCO-OPに集う仲間たちよ、人生の完成期を輝かせ、そ してそのような仲間と共に「最後を迎える」ことができるなら、どんなに心強く、幸せなことでありましょう。
「終わり良ければ、全てよし」の人生を送りたいものでございます。

限りなく坊さんになりたい医者、貴志川の坂口健太郎でした

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おとぼけ漫談15

2019-07-12

おとぼけ漫談15

~世は般若心経ブーム~

般若心経ブームといわれます。ある大規模書店の仏教書コーナーに行きました。
えーと『般若心経の世界』、『般若心経の秘法』、『般若心経の新しい読み方』、『爆笑般若心経』、『脳いきいき般若心経』、『自由訳般若心経』……。さらに『わたしの般若心経』もあれば『わたしだけの般若心経』も。『あなただけの般若心経』までも。六十冊まで数えて止めました。
 二十数年前同じように数えたことがあり、三十冊を越して驚いたものです。
しかしあのころは解説本や入門書が中心でした。現在の出版傾向は、生き方に般若心経を役立てるのを案内するようすがあります。これは時代の要求かもしれません。
経典の説く深い内容に共感するより、教えをいかに役立てんとする風潮でしょうか。仏教の道具的見立てです。自己中心型の好みと言えますね。
おおいなる人間存在を問いかけることの薄い現代そのものの反映でしょうか。
棚の横に蔵書検索機があったので、般若心経を入力。取扱い数二一三点。この店には半数以上在庫しているようで、またまた驚きでした。

和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談16

2019-07-12

おとぼけ漫談16

~「和歌山はおもしゃいろ」~

歴史小説の巨匠、司馬遼太郎が和歌山のごっついおいやんを描いた「尻啖え孫市」(しりくらえまごいち)を読んだ。
雑賀一族、雑賀の鉄砲衆などの言葉や市駅前で行われる祭りのことは時々ニュースで見聞きしていたものの、この小説を読んで、こいつはどえらいことが、ここ和歌山で起こっていたんやな~と感嘆させられた。
 戦国末期の時代、異常な執念を持つ信長や、人間の機敏を知り尽くした秀吉を相手に、大立ち回りをやってのけた鈴木孫市という男の物語である。
紀ノ川沿いの地名がゾロゾロ出てくる。ああ~、あそこら辺りや、と四~五百年前の紀ノ川河口にタイムスリップしてしまう。
 司馬によれば、紀州人はもともと好色で、あけっぴろげで、dとrの発音が区別できない人間集団だという。
この小説はちょっとエッチなところが多いから、子供さんには見せられない。しかし団塊世代以上の者には必読の書である。
孫市という男に焦点を当てて読むよし、あるいは、孫市を取り巻く市井の人々、たぶんわたしたちの祖先であるだろう、おいやん・おばちゃんの生き様を追いかけるのも、面白い読み方だと思う。
とくに当時の人々の、熱にうかされたような信仰のありようは、うらやましいとさえ言える。高齢協に集う人々よ。若者に負けない情熱をもつ必要はない。
若者にはわからない、我々の年代の情熱を持ち続けようではないか!和歌山はこれから、おもしゃなってくるろ~!

貴志川の赤まむしドリンク坂口 健太郎

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おとぼけ漫談17

2019-07-12

おとぼけ漫談17

ああ、わが故郷、城下町
流れる雲よ 城山に
のぼれば見える 君の家
灯りが窓に ともるまで
見つめていたっけ 逢いたくて
ああ青春の 思い出は
わがふるさと 城下町
もう四十年も前にもなります、和尚が若き大学生のころ、この「青春の城下町」(作詞 西沢爽)というヒットソングをいつも歌っている友人がいました。彼は信州松本市の出身で、こよなく故郷を愛し、お酒が入ると必ず歌い、松本平のすばらしさを語るのです。
彼の郷土愛を前にして、和尚は紀州をあまり語れませんでした。とても、「わがふるさとぉ~城下町ぃ~」とは歌えない。故郷は恋しく、和歌山城も嫌いではないのにね。
いったい和歌山人は、郷土自慢はあまりしませんね。「和歌山らぁー」とけなしてしまう。でも先号の坂口赤まむしドリンク医師の「和歌山はおもしゃいろ」に、はたと膝を打ったのです。そう和歌山は、おもシャイ。和歌山人はシャイ(恥ずかしがり)なのだ。
雑賀孫市が闊歩していた中世までの紀州は、大阪や京都から離れた鄙(ひな)でした。それだけに独立志向が強く、独自の文化が育ちました。発明品も多いのです。たとえば食べもの。醤油・高野豆腐・鰹節・養殖蠣などがそうで、味わい深いものが多いですね。
食べものといえば、名古屋の「きしめん」は、紀州人が伝えたものだからもともとは「紀州麺」だとも言います。「奈良漬」は、和歌山城下本町の大酒屋新屋で働く源五兵衛さんが、浜の宮へお詣りの帰り、布引に捨ててあった小さな西瓜を拾って粕漬けにしたところ、けっこういける。源五兵衛さんは奈良出身で奈良漬けができたといいます。
そういえば和歌山では、ゲンゴベという小さな西瓜が栽培されていますね。
なにやら和歌山はおもろいことですね。そうだ、十五年前ザ・キングトーンが、「にっぽんのいいとこ和歌山県WAKAYAMA」と歌っていましたね。覚えていますか。歌いましょ、「わー、わー、和歌山ー」。

和歌山の居眠り坊主 山本正廣

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おとぼけ漫談18

2019-07-12

おとぼけ漫談18

「ここだけの話やで!!メタボの真実」

メタボはダメ!肥満はアカン!と、うるさいことでござります。大体が、お金にからんだ人ほど、声高に叫んでいるんとちがいますか。
医者という商売も気楽なもんで、糖尿病や高血圧症の人で、ちょっと太り気味の患者さんを見つけると「あんた、食いすぎや。もっと痩せなアカン。ほないと、えらいことになるで。わし、知らんで」と脅していればよかった時代が長く続きました。しかし、こんな安直なことでは世間が許してくれなくなりました。
頭のいい医者が次の手を考え出しました。「行動療法」といいます。他人からとやかく言われたら嫌になるものだが、自分自身に褒美をあげると自然と面白くなってくるように仕込んでしまうのです。この手を使って、タバコをやめたり、体重を減らそうというのが、いまのはやりです。この手にうまく乗せられやすい人は幸せです。
しかし皆さん、なかなか、しぶとい人が多いので、医者も困っています。特に「もったいない、もったいない」が身に染み付いている人、これはもう運命ですな。
最新の研究によれば、「もったいない遺伝子」(倹約遺伝子)というのが日本人の多くに見られるそうです。江戸時代の「水呑み百姓」(ひどい表現)の末裔でしょうか。水を飲んでも太るなんて、特技ですよ。
もうすぐ南海大地震がやってくるというではありませんか。その時こそ、「もったいない遺伝子」の強い人だけが生き残れるんですよ。うらやましーな。今、太ってて良かったな。

無茶苦茶なこという医者、坂口健太郎

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